ベストエピソード

僕【No Music,No Me】

改改改改





ついにこの日がやってきました。一身上の都合で、このワタクシブログを無期限休止いたします(あえて閉鎖・終了とは言いません)。これまで愛読していただいた方々、どうもありがとうございました(って、教室つぶれませんよ(^^♪)。ささやかながら、最後に謝辞を。

まず社長、アナタには言葉では言い尽くせない思いがあります。そして、会社のみんな(特にいつも慕ってくれたOキとSズ)、スタッフの散らかし魔(キミには・・・)とナッキャン、Tさん・家なき子さんはじめ生徒の皆さん、大学の悪友である秋ちゃん(ブログ貢献度No.1)と山師とSエちゃん、名古屋の婚期逃し女、おかしなスギモン、Bりん、そして誰よりも尊敬し憧れる四半世紀の友のK也(まだまだ付き合いは長いでぇ)、両親と兄弟、またここにあげられなかった様々な方々、

最後に、ワタクシ、いや「僕」に二人での生活という人生最高の贈り物をくれたK子。キミに出会え共に過ごせたことで、僕の人生は100%以上のモノになりました。恩返し(のエサ)は必ず・・・

僕がいなくなるわけではありません。いつかどこかで再会(再開)できる日を願って・・・(ホントに数ヶ月後に再開するからね)



さんきゅ・・・


オマケといっては何ですが、当ブログ左下、悪魔みたいなマークの下の小さなアンダーバーから隠しブログ(やや過激)へのリンクがあります(気づいてる人は数名でした)。読んであげてください。

Ape_2

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すべてが・・・

人はどうして苦しむの?

「考える葦である」とは誰の言葉だったか・・・苦しむ人に対して、知ったような面でアレコレ思いをかけてあげることはできる。実際、友人同士であろうが、先輩後輩・上司部下であろうが、はたまたカウンセリングなんてものが現代には存在する(古からあったのかもしれませんが・・・)。

だけど、仮にそれが心底思いやっているものだとしても、それらの行為が完全に機能してるとは言えないという点に関しては同意してくれるよね?ホントに苦しんでる人には伝わらなかったりする場合も多いよね。現にこうしている間にも怨恨やカネ欲しさで人が人を殺し、戦争やテロにしたって大きな経済の力が潜んでいたり。宗教の対立もある。それどころかデュルケイムの言うように、自ら命を絶つ人だって必ず存在し続けてるわけで・・・

こういう言い方が適当かどうかわからないけれど、世の中が進化、つまり「イイ」方へ進んでるなんてわかったもんじゃ焼き、いや、もんじゃない。だからって、悪くなる一方だといって虚無になるのにも首を傾げたくなる。

そんなとき、そんな世界で苦しんでる人たち、理不尽に汚され殺されていく人たち、そしてその加害者たる力を振るう人たちに向かって、一体「普通」の我々は何をしてあげられるのか?何をするべきなのか?

声高に叫ぶ。これ、ニセモノはダメね。ワタクシにはエセは通用しない。いや、ホントに苦しんでいる、悩んでいる人たちにはもっと通用しない。

桜井和寿か、レノンか、ウェイン・コインか、パスカルか、いやデイヴィット・ベッカムか・・・彼らが叫び、伝えようとするものは何なのか?

酒やタバコの味を覚えることもなく、彼女と手をつなぐこともなく、素敵な映画に涙することもなく、イチローのプレイに酔いしれることもなく、サクラダファミリアやマチュピチュにふるえることもないまま殺されてしまう、または死を選んでしまう(増えすぎた人間を淘汰するための何かの本能なのか?)、そしてたとえ生きていようともそんな機会にすらめぐり合うどころか、そんな世界が存在することさえ知らぬまま一生を終えてしまう国々に生まれつく人々。そんな人たちのほうがはるかに多いわけで・・・

いったい、シアワセって何?彼らにシアワセは訪れないの?


否、そうじゃないはず。そう信じる。ちょっと想像してみよう。この果てしない宇宙のほんのスミッコの小さな青い星。その中のこれまた小さな島国の、とってもとってもゴチャゴチャした山科なんていう片隅にだってキレイかキタナイかわからないような花や草が生えている。植物だって、摂取し排泄し、コミュニケーションをとりながら成長している。ちょっと(悪)知恵が働くがばかりに人間だけが苦しんでいる。いや、植物だって苦しんでいるのかも。

脳か?そのせいか?考えるから苦しいのか?いや、違うだろう。だったら、好きな人に会ったときのあの胸のキュンッはなんなんだ?胸か?心臓で生きてるのか?それもすべてじゃないだろう。目で見つめるだけでココロ(カラダ)が反応することだってあるんだし。音を聞くだけで、匂いを嗅ぐだけで、アタマで考えるより先に何かが沸き起こるあの経験。

じゃあ、脳が死んでる人は?目が不自由な人は?耳や口がきけない人は?シアワセを感じられないの?

絶対違う。

何がなんだかわからない。「わからないということだけがわかってる」。これまた誰の言葉だったか。でも、本当にそうかも知れない。この広い宇宙のどこかできっとアナタやワタクシと同じように苦しみ、ときには感動してる何かが存在してたっていいじゃない。人間なんてそれほど大したもんじゃないんだよ、きっと。でもだからこそ、たとえ小さなカケラのようなシアワセにでも感動できるんだよ。

骨折してた腕が治ったり、麻痺してた足が動いたり、間一髪で爆弾を避けられたり・・・

音楽を聴いたり、美味しいものを食べたり・・・

こんな素晴らしいことが味わえるなんて!この時代にこの国に生まれた幸運、幸せ。

そんなシアワセな「普通の人」であるワタクシたち(先だって日本人に殺害された英国の女性英会話講師の父親が会見でつぶやいた『私は普通の父親です』という言葉がワタクシの胸から離れません)が先述のヒーローたちとともに、とくに悩める子供たち(たとえそれが加害者だとしても)に伝えなくてはならないのはこういう「シアワセ」なんじゃないの?安直に夢を追いかけろだとか、耐えろだとか、世の中アホくさいだとか・・・そんなことじゃないはず。いや、それも大切やよ。

でも、すべてが人生なの。アレもコレも、決断も断念も、感動も挫折もすべて人生なの。そのチャンスを与えてもらえたなんて、こんなシアワセなことがある?

そう、すべてが人生。しかもラッキーなことに、それは全部アナタのもの。





(最近、不眠で時間をもてあまし、読書量が半端ないせいで《同時に7冊くらいは読んでます》いらん説教をタレてしまったワタクシでした。しかもタメグチでゴメンナサイ。しかしカイコウは最高!)

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Big One

いやぁホント、この手の話題を続けるとワタクシの清楚なイメージがどんどん崩れ去るのでほどほどにしたいのですが、ある意味これもワタクシの真の姿ですので・・・

屁コキやったんですよ。言いましたね。かつてKとオーストラリア、ケアンズへ旅行へ行ったときです。相変わらずプップやっていたワタクシ、とあるショッピングセンターへの海岸沿いのプロムナードを歩いていたとき、当然のようにもよおしてしまい「ブ~ッ」と、それはそれはとてつもなく大きな一発を放ってしまったわけです。

瞬間、真横を通り過ぎたオージーの女性の反応が秀逸!顔をしかめるでもなく、文句言うでもなく、

「Oh! Big One! ビ~ッグワン!」と喝采!(よほどの音色だったのがわかるでしょ?)


そんなことがあってから、もう10年くらいが経ったでしょうか。実はワタクシ、夏から体調を壊してまして、少し苦しんでおるんです。散らかし魔と社長にはたいへんな迷惑をかけております。また改めましてお詫びと御礼をしたく考えております。

そんなある日、Kから長~いメールが届きました。割と頻繁にやりとりするのですが、それはとても久しぶりなメールだったんです。内容はこれといったものではなく、相変わらずどのCDが良かったとか体調どうや?みたいなものだったのですが・・・

以前にも書いたように、ワタクシは「思い出」というものをとても大切にしまっております。それは心の中にでもあり、具体的なモノを引き出しなどにしまってる場合もあります。先のメールがキッカケになったのか、戸棚の引き出しから引っ張りだしたのは、Kがワタクシとのケアンズ旅行の数年後に、結婚したときに再び訪れたオーストラリア新婚旅行からの絵葉書の一つでした。その新婚旅行には、当然のように良き思い出がつまっているケアンズもコースに含まれておりました。絵葉書はそのケアンズからのものでした。

高空からケアンズの街並みを一望する写真を抱いたその葉書。文章は大したものじゃなかったのですがw、その写真側に付されていたいくつかのメモ。これが泣けてきた。

それぞれに矢印が付けられて、ここが泊まったジミーの宿、ここがTシャツ作ったとこ、釣りしたとこ・・・などなど

ああ、思い出・・・

そんなワタクシの目に最後に飛び込んできたメモ書きこそ、そう、


『↙Big One!』

ビッグワンの場所まで指摘(指定)してあるじゃありませんか!

ほんの少しだけワタクシの心に涼風が吹きました。


老婆心かもしれません。まだまだ若輩なワタクシが言うのは不遜なことかもしれません。だけど皆さん、やっぱり思い出は宝物です。

ワタクシが出した絵葉書や年賀状、プレゼントしたモノ・・・そして一緒に過ごした時間なんかが、きっとどこかで弱っている誰かの胸に、ワタクシに吹いたような涼風を吹きおこしてあげていることを願ってます。

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オカンの逆襲

いやぁ、ホント婚期を逃すといろいろ過敏になるんでしょうな。ちょっとつついただけで、過剰反応ですわ。「私やない。絶対私やない」ってね。何かを見誤ってる、いや見失ってるんでしょうね。そろそろ我に返らんと、今度は逆に見えてはいけないもんが見え始めたりするんちゃうん?そうなったら手に負えんからなぁ。「白馬に乗った・・・」とか、そんなこと言い出しそうで。用心しぃや(^_^;)



ご挨拶はこのへんにしときましょう。

突然ですがワタクシ、高校生のとき、お昼はお弁当やったんです。ま、大概そうですわな。うっとこのオカンも弁当作ってくれてたんですけどね、ごっつぅ手抜きしよるんですよ。いや、贅沢はいうたらあきませんよ。それはようわかってます。だけどね、フタ開けたら「エ~ッ」っちゅうような、それはそれは「戦前か?」っちゅうような出来ばえのときがあるんですよ。ワタクシ、それがイヤでね、よう文句言ってたんですよ。

「なんやねん!アレは!」「どこ食べたらエエねん!」「なんや?わざとかぃ?」・・・ってね。ま、クソガキですわ。反省してます。

そしたらね、ある朝オカンがものすごいデッカイ物体をワタクシに渡しよるんですよ。

「なにこれ?」って訊くと、

オカン、ニヤケながら、「お弁当や」



って、オイ!アホか?オカシイやろ?こんなデカイ弁当見たことないわ!いや、ホンマでっせ、奥さん。そらぁ、ちょっとした掃除機くらいの大きさありましたねんで!

実はそれね、アレやったんです。ほら、保温できるやつ。分厚い殻で何層にも覆われてるやつですわ。現場の人が持つようなやつですよ。

いや、確かに文句いうたワタクシが悪かったかもしれん。だからって、アテツケみたいなことしんときぃな。なんや?ギャグか?それやったらそれでカネかけすぎやろ?いやいや、もしかしたらホントにワタクシのことを思って、愛情と気合を入れてくれたのかもしれません。でも、それやったらこれはあまりにも気合入りすぎやろ?

そういえば、一度弁当に納豆入ってたこともありましたわ。いや、確かに納豆好きやけど・・・

ワタクシね、オカンのこういうとこ、いわゆるバランス感覚といいましょうかコモンセンスといいましょうか、そのへんが全く理解できずに今に至ります。




だってね、ワタクシの身にもなってくださいよ。掃除機みたいな弁当箱でっせ!あのころはね、通学鞄いうのはね、いかにペッチャンコにするかに命かかってたわけですよ。教科書は全部、教室に置きっぱなし、鞄のサイドを安全ピンで留めたりしてね(←時代でしょ)。それはそれはウチワみたいに薄っぺらくしてましたわ。それがある日突然、鞄パンパンでっせ!昼休み、そのまん丸の鞄から掃除機を取り出すことの恥ずかしさといったら・・・肩掛けバンドまで付いてるやないかい!

もうね、こんだけデカイと隠しようがないわけですよ。開き直るしかないんですよ。ワタクシ、史上最強の虚勢を張りましたよ。机の上に掃除機、いや弁当箱をドンッと載せ、それ自体が普通の弁当箱くらいありそうなフタをはずし、中からこれまたフタ付きの密閉容器を三つ取り出しました。そして、いよいよその一つ目のフタを・・・

それまではね、なんとか虚勢を張って恥ずかしさをごまかしてましたよ。だけどね、だけどですよ、そのフタを開けた瞬間に、そんなガラスのような虚勢なんて一瞬で吹っ飛んでしまいました。と同時に、多感でデリケートな十代の小さな小さなプライドみたいなものも完全に崩れ去ってしまいました。

だって・・・だって・・・だって・・・





フタ開けたら、味噌汁から湯気たってんねんもん!

(味噌汁やで!そんな高校生の弁当ありまっか?)

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すばらしい日々

もうね、なんやしらん。友人がね、悩んではるんですわ。「どうしたらええんやろ?」「もうイヤや」って、ずっと言うとるんですわ。婚期逃したみたいなことですわ。そんなんやったら、ワタクシのまわりにいっぱいおるっちゅねん(そう、アンタのことよ)。

たまに仲間で集うと叱咤激励して、ときには励まし、ときにはさらに凹ませたりしてやるんですが、どうもシャキッとしよらんのですわ。

まあね、悩みなんてのは本人にしかわからん事情があったりして、聞いてあげたからどうということもないっちゅうとこありますしね。どちらの立場にしたって、ホントに親身になってるかと問われれば怪しいもんとちゃいますか?というのがワタクシの持論なんで、要はワタクシ、こういう場面では大概テキトーなんです。

でもね、そんなにたくさんの人を見てきたわけやないですけど、大抵はそれなりに乗り越えて生きていってはりますわ。ま、多くの場合は時とともに忘れていくんでしょうね。人間、単純というか、うまいことできてるなぁ、って思いますね。それでも当初は誰でもそれなりにあがいたりするわけで、いろんなやり方で気を紛らそう、晴らそうとするもんなんですよ。それは、友人に打ち明け話をすることであったり、新しいことに取り組む、美味しいものを食べる、音楽を聴く、本を読む、旅に出る・・・と、人それぞれいろいろあるでしょう。

ワタクシの場合、苦しいときはね(←とはいってもそんな大そうなもんちゃいますよ)、実は何もしないことが多いんです。好きな音楽も聴かないです。聴くと余計に苦しくなることが多いですから。そのかわり、思い出すようにしてるんです。今まで生きてきて感動したときのことを。ワタクシの場合、それはほとんどが海外旅行に行ったときの一場面です。とはいっても、立派な遺跡のこととか、美しい美術館のことなどではありません。ワタクシがいつも思い出してフフッと微笑んでしまうのは、旅行中にした幾度かの散歩の場面なんです。ホント、なんでもないただの散歩です。ホテルの近くの道をタバコを買うために歩いたとかそんな程度のものです。でもね、不思議なもんで、あとで思い起こすとそれが何よりも感動的で、それこそ鮮明に思い浮かぶ場面がいくつもあるんです。

ワタクシ、これさえあったらね、まぁ大丈夫ですわ。どんな音楽も本も必要ない、すべてを捨てても生きていけると思えたりもします(錯覚でしょうけど)。おとぎ話みたいですけど、最後の宝物みたいなもんですわ。

いったい何が言いたいのかというと、要するにですよ、ワタクシが思うに、「ああ、どうしよ」「あんなことせんかったらよかった」「こんなんイヤや」とかいうよりも、宝探ししてるほうがエエんちゃいますか?ということです。別に海外旅行に行けと言ってるわけやないですよ。また、なんでも前向きに考えろって言ってるわけでもないです。そのへんはそれぞれの経験値から割り出すもんでしょ?ワタクシの友人には、そんなときは宇宙論や理論物理の本を読むというヤツがいます。そうすると、知らないことばっかりで凹んでる時間が惜しくなるっちゅうわけです。下手な慰めなんかより、余程説得力があると思いません?

ただ、この点でどれだけ器用か?というのはあるかもしれません。冒頭の友人は相当不器用なんでしょう。でもね、散歩を思い出すだけで、もう何もいらん!と思ってしまうワタクシには、人間なんてのはホント単純なものに見えてしまうんです。だから、器用いうても「そこそこ」でいいんだと思うんです。もしかしたら、ことはこんなに簡単じゃないのかもしれません。でも、少なくともワタクシにとっては必要十分なやり方だというだけのことです。

いつもいうように、ワタクシは器の小さい人間です。だからこそ、下らないことで苦しんだり、逆に小さな思い出だけで復活したりができるのかもしれません。だけど小モノには小モノの意地もあります。

器?デカけりゃエエんか?世の中、成功だけがすべてなの?

こういうのを負け犬のなんやらというのでしょうか?でもね、見渡せば、見栄えのすることばかり言いながら結局は自分のことしか考えてない大人、他人を出し抜くことばかりに知恵を注ぐビジネス界、保身だけの政治家・・・そんなことが溢れる世界のなかで、少し不器用なばっかりに居場所を見つけられず戸惑う人たち。これらのどっちが正しいのかなんて、いったい誰が決められるんでしょうか?先の理論物理云々の友人は、そんな世界に馴染めない人間のほうがまともに見えることがある、とまで言ってたことがありましたが、それにはワタクシも多いにうなずくところがあります。

勝ち続けなければならない(その勝利とはなんぞや?)とばかり声高に叫び、突き進むだけがすべてだという空気を蔓延させるのも程々にしなくちゃならんのではないですか?なんと息苦しい。一人の人生に成功と失敗が繰り返されることはよく説かれますが(「失敗から学べ」というお決まりのやつね)、誰かの成功の隣に誰かの失敗があることは忘れられがちです。そんなんに限って、世界平和とかって軽々しく主張してみたりね。そしていつも、成功こそが勝利だと断言されることで、失敗が悪にされてしまうことに、ワタクシ、どうも納得ができないのです。きっと、失敗こそ美しいはずなんです。

だって、思い出に微笑むのは失敗したときこそだもの。





不定期のため次いつ書けるかわからないので、二日ほど早いけどこれがバースデーメッセージな。だから、電話出ないのもメール返信しないのも許せ。ハピバスデ!

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火車

秋ちゃんね、すごく人がいいんですよ。いや、ホントはものすごく腹黒いヤツなんで、正確にいうと「一見」ヒトアタリがよく見えるというのが正しいのかもしれません。長いこと付き合ってると、そのいい加減さと投げやりな行動にこちらが被害を被ることがしばしば起こるんですが、逆に浅い付き合いだったりすると秋ちゃんの方が厄介事にまきこまれることが多かったりするわけです。人の良さに付けこまれるわけですな。

ほら、悪徳商法ってあるやないですか。ここ数年では、オレオレ詐欺を筆頭に悪質リフォーム、強引なクレジット契約、消火器や竿竹の押し売り、宝くじダイレクトメール、携帯やネットの普及にあいまってワンクリック詐欺や架空請求とか・・・例を挙げるとキリがないですよね。ワタクシたちが学生のころにも悪徳商法いうのはありました。さすがにここまでバラエティにとんではなかったですが、それでもやっぱり悪いヤツっちゅうのはいつもおるんです。携帯やネットがなかった当時はね、よくあったのがキャッチセールスと電話セールスですわ。いわゆる言葉たくみにその気にさせるというやつです。今みたいにネットでクリックとかATMでポポンッと入金とかできなかった分、騙す方にもそれなりの話術というかテクニックが必要で、そういう意味ではあの頃のほうがより詐欺師らしかったとも言えるんやないでしょうか。(余談ですが、ワタクシ、学生のころよくペテン師って言われました。別に人を騙してたとかやないんですよ。一度後輩にその心は?と訊くと、「なんか存在がウソッぽい」だって。失礼な!)

で、秋ちゃんですよ。学生時分はそれこそ仲間同士が毎日のようにどこかで顔を合わすわけですよ。一緒に授業受けることもあれば、食事することもあるし、遊びに出ることもあるわけです。ところがある日、いつものメンバーで集まってるとね、どうもここ数日秋ちゃんが見当たらないことに気づいたんです。

「あれ?最近秋ちゃんどうしたん?」
「知らん」「死んでんちゃう?」「かもな。電話してみぃ」「出ぇへんわ」

こんなんが三日ほど続いたんです。だからって、まぁ大して心配するわけでもなく、結局ほったらかしやったんですけどね。

そしたら行方不明から三日くらいして、秋ちゃん、ヒョコッと現れたんです。

「何してたん!みんな心配してたんやで!(ウソやけど)」って訊いたらね。秋ちゃん、何て言うた思います?

「いやぁ、二泊三日で姫路に行っててん」って答えるんですよ。説明しとくとね、この姫路という地名、ワタクシたちが知る限りでは秋ちゃんとは全く関連がない場所やったんです。ワタクシたち、「???」ですわ。

「何でまた姫路なんか行ってきたん?」って訊くわな、そら。

そしたら秋ちゃん、
「いやな、こないだ何か女の人から電話かかってきて、なれなれしくいろいろ喋ってくるから聞いてたら、今から河原町まで出てきてくれ、会って話しましょうって言われてな・・・」

ワタクシ、
「まさか行ったんちゃうやろな!?」

秋ちゃん、
「いやぁ、めんどくさいから行ってんけどな(って、オイ!めんどくさかったら行くなよ!)。ほんで、喫茶店で話してたら、いつのまにかセミナー合宿に参加することになって・・・」

「まさか参加したん!?それが姫路!?」

「いやぁ、めんどくさいから参加したんよ・・・」(って、だからぁ、めんどくさかったら普通行かないの!)

「それって、なんか悪徳商法とかヘンな宗教ちゃうん?秋ちゃん、そんなん行ったらあかんて!」

「うん。なんか他にもいっぱい来ててな。一日目の晩にみんなで風呂入ってお互いの背中流し合ってな。それはまあよかってんけど(よかないわいっ!青春ドラマかっ!)、二日目から何か絵とかツボとか見せられ始めて・・・これはヤバイ思って逃げてきてん・・・」


って、遅い、遅いねん!完全に気付くん遅いねん!


ワタクシ、
「秋ちゃん、相当やな。ビックリするわ。こんな身近におるもんやねんな。でもまぁ、ほら、ちょっと気持ち悪いけど、タダで旅行ができた思たら良かったやん」って、フォローしてあげたら、

秋ちゃん、
「いや、全部自費やで」だって・・・




『秋ちゃんから目を離すべからず』

その日から、これが仲間内での合言葉になりました。

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When I'm 64

あ、Tさん、製氷皿、ありがとうございます。大切に使わせてただきます。家なき子さんも苦しい家計をやりくりして、プリンを差し入れていただきサンキューです。そこそこ美味しかったですw なんかあれから三日間飲まず食わずだったそうで心配しております。

そういえば、久しぶりですな。このところ気になったことといえば、

  1. 北島康介!アンタ、ちょっとカッコつけすぎやで!そない全国民がアンタ見てへんで!
  2. アンジェラ・アキ!その曲やったらワタクシでも作れるで!
  3. 徳永ヒデアキ!アンタ、ちょっと森進一に似てきたで!

ってとこでしょうか。ま、それはさておき、アベさん辞めますね。それにしてもねぇ、


続けたら続けたで文句を言い、辞めたら辞めたで無責任だと叫ぶ・・・オマエラ、こないだまで何も期待できない、って批判してたんちゃうんかい。批判はエエよ。ワタクシもしてたし。だけど、期待してない人間に対して今さら無責任だなんて言うのは、それは全く辻褄合わへんのとちゃいますか?その発言のほうがよっぽど無責任やん。もう辞める言うてはんねんから、そっとしといたりぃや、って思うワタクシは甘いんでしょうか?



話は変わりますけど、先日、桑田選手が現役続行を宣言しましたよね。プロ野球選手、元巨人軍の桑田ですよ。アベさんと違い、こっちは続投宣言です。今シーズンは39歳という年齢にも関わらず米国メジャーリーグに挑戦し、開幕前のオープン戦では審判に足を踏んづけられてケガを負い戦線離脱というまさかのアクシデントにもめげず、夏前に見事一軍の選手としてマウンドに立ってみせてくれました。

ところが、そこはやはり最高峰の舞台、あの松坂ですらなかなか通用しない(←言うたとおりでしょ)メジャーリーグです。球威、変化球のキレとも全盛期とは比べようもないほど衰え、丁寧なコントロールのみで勝負せざるをえない桑田選手にとって、そこはあまりにも厳しい場所でした。ひょっとして、という期待もなきにしもあらずでしたが、結局はこれといった成績を残すこともできずシーズン途中で解雇という結果に終わってしまいました。

ワタクシ、もともとはこの桑田という選手、あまり好きなほうではありませんでした。憎巨人の選手ということもありましたが、どことなく勘違いのとこあったでしょ?ケガから復帰後の初マウンドでグランドにかがみこんで祈ってみたり・・・ワタクシ、人前でああいうパフォをする人はあんまり好きじゃありません。

だけど昨年、巨人軍を退団した後、あの年齢で果敢にもメジャーへ挑戦する姿。確実に技術の衰えを自覚していたにもかかわらず、そして繰り返しのケガによる満身創痍の身体であるにもかかわらず、無謀ともいえる挑戦をする姿を目にするにつけ、

思いませんでした?

ああ、本当に野球が好きなんやろなぁ、って。ワタクシ、’一流の’プロのスポーツ選手って、こうあるべきやと思うんです。好きで好きでたまらない気持ち、好きなことで稼げる喜び、それを応援してくれるファンへの感謝、そしてどんなに苦しくても続けようとする本人の意思。確かに選手の華麗な技や粋な言動をみて、ファンとして喜びを感じることもあるかもしれません。しかし、やはり一番胸を打つのは選手の取り組む「姿勢」やないんでしょうか。

ほら、いたやないですか、あの人。確かにプレイスタイルや立居振舞はスマートだったかもしれませけど、なんだかアッサリしすぎてて、引退後も何をやってんだかようわからんサッカーのあの人。彼なんて、さっぱりパッションを感じませんもんね。本人よければそれでいい、っちゅうのがアリアリやないですか。

その彼も含め、一流といわれる選手たち、それはそれはものすごい努力してるとは思いますよ。その高額な稼ぎや名声に見合うだけの鍛錬を積み重ねてきたことでしょう。だけど、そのオカネや名誉はそのことだけへの対価なのでしょうか?ワタクシ、それは違うと思うんです。

素敵なプレイを披露すること以上に大切なこと。それはやっぱり「姿勢」だと思うんです。好きなことを生業にできる人間なんてほんの一握りの世の中、誰しもが何らかの不安と非力を抱えながら生きている世界で、本当の意味で夢を与えてくれるのは桑田のような選手やないんでしょうか。ここでワタクシが言う「夢を与えてくれる」というのは、誰でも信じていれば夢は叶うものだ、とかいうオメデタイ話じゃなく、彼らのそういう姿勢を通じて我々を夢見ごごちにせてくれるとでもいいましょうか、ベタな表現かもしれませんが勇気づけてくれるということです。

本当に美しいもの、美味しいもの、カッコイイものというのは、人を日常の卑しさから救ってくれるものなんです。そして、そういうものにこそ我々はオカネや時間を割いて応援の声をあげるものなんじゃないんでしょうか。

ワタクシ、桑田選手にはそういうものを見てしまうんです。ところで、もう一人、このようなプロスポーツ選手がいるのに気づきませんか?そう、カズです。これまたええオッサンですよ。居場所を求めて、たとえ二部リーグであろうがなりふり構わず現役を貫く。昨年のW杯の代表に選考漏れしたときの会見なんて、メチャ渋いですよ。いや、そもそも今さら代表に呼ばれるなんて常識で考えてありえない状況(だって前回も前々回も呼ばれてへんねんで!)にもかかわらず、当時彼の口から飛び出た言葉、

「次は2010年!」

これ!これですよ!ホントにサッカーが好きなんですよ、きっと。



今、ワタクシが一番期待しているのはイチローです。ちょっとここんとこの、変なクスリでもやってんちゃうかってくらいのテンションの高い言動にはワタクシ、割と否定的なんですが、それでもあの華麗なプレイには感動させられっぱなしです。ただ、ワタクシが彼に期待してるのは、そのハイクオリティなプレイだけではないんです。もちろん、インタビューの粋な受け答えなんてのも必要ありません。ワタクシが切に願うこと、それは本人も軽くほのめかしてるように、

50才まで現役でプレイ!

これです!イイと思いません?これほど夢を与え(続け)てくれることなんてないでしょ!しかも彼ならホントにやり遂げてしまいそうやないですか!

ワタクシ、そんな日が来るのを(結構本気で)楽しみにしてるんです。で、そのときに言いたいんです。





「どんだけ野球好きやねん!」

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バヤルタエ

ワタクシ、(また)怒ってます。

ニュース、やってたんです。今日から「映画盗撮防止法」いうのが施行されるんですって。文字通り映画館で上映されてる作品を盗み撮りしたらアカンで、っていう法律です。そんなんしてるヤツ見たことないわ、と思うかもしれませんが、盗撮されたものを元に海賊版DVDやファイルが作られ巷で販売されたり、ネットに流出されたりと、事は結構深刻なようです。

そういわれても、そういう闇社会に縁のない人には実感がないかもしれません。だけど、我々の意外と身近なところにまでこの問題は迫ってきてるんです。実際、ワタクシ自身も購入したことこそありませんが、こういう行為や物品に触れる機会をこれまでに幾度となく経験しました。

それを防止する法律が今日から施行ということなんですが、じゃあこれまで盗撮OKだったのか、というと、実はそうだったようです。個人で楽しむんだ、と言われれば法的に対処する根拠がなかったようです。それがこれからは、十年以下の懲役か一千万円以下の罰金という決して軽くない罰が適用されるようです。

作品を作り、提供する側にしてみれば、この著作権がらみの問題は非常に重要なことだとは思います。ワタクシも、それを保護しようとする今回の流れには概ね賛成ではあります。また、この著作権というものを軽んじて扱った経験のある者として、反省すべき点も多々あるのも正直なところです。

だけど一方で、同じような内容のクソみたいな泣き映画や陳腐なドラマが氾濫してたり、ちょっとヒットチャートを覗けば全く区別のつかないこれまたクソ以下の超どうでもいい歌謡曲々がタレ流されているのをみるにつけ、こんなもんに著作権とかそういう大そうなもんあるんか?と首をかしげてしまうのも事実です。

ただ、このことはちょっと置いときましょう。(というかワタクシの言い分の方が明らかに間違っているのでしょうし)

本題はこれからです。この、法施行のニュースの前に流れされたもう一つのニュース。トップニュースとして報道されたそのニュースこそ、ワタクシを怒り狂わせるものでした。そう、


「朝青龍問題」です。

もうね、なんなんでしょうか?異常ですよね?ヒドイですよね?この国のジャーナリズムとやらは一体どこまで落ちたら気が済むのでしょうか?ワイドショーでもどうかと思うのに、一般のニュース番組の、それもトップニュースですよ。言論の自由、国民の関心、相撲界の伝統、報道のプライド、社会のルール・・・そんな大そうなことはどうだっていいんです。その前に、なんていうんでしょう、そう、恥ずかしくないんでしょうか?帰国しようとする彼に向かってマイクを突きつけて、「横綱としての説明責任は?」とかって声を荒げるというような行為に恥を感じないんでしょうか?

事のイキサツや問題の良し悪しについては細かく論じませんが、ちょっとゴマかしてサッカーしてたからってどうなんよ?見渡せば、セコイお金のために会計をチョロまかす企業や、領収書の一つもよう公開せん政治家の話には事欠かないこの世の中で、ヘディングシュートしてたからってどうなんよ?

なんやいうたら口を揃えて「品格」「責任」って・・・そらぁ、「国家の品格」とか「女性の品格」なんていうくだらん読み物がベストセラーになるのも頷けるわ。この胡散臭さ・・・


オイ!モンゴルへの機内で、ずっと彼の様子をカメラに収めてた記者たちよ!「あ!今、薄目を開けました!」とかって実況してたリポーターたちよ!そして、それを恥ずかしげもなく放送してるメディアよ!

映画の盗撮はアカンのに人間はエエんか!あの狭い機内で、眠ってる彼の前に立ちはだかってカメラを回すその行為は正真正銘サイテイの行為やぞ!オマエラこそ盗撮防止法違反やないかい!10年でも20年でもブチ込まれてこい!

ホント、恥を知れ!


朝青龍よ、もう帰ってこんでエエと思うで。貯金、あるんやろ?モンゴルでゆっくりしてきぃ。バヤルタエ~(また会いましょう)

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小さき者

ワタクシの住まいは山の手、川沿いのメンションです。ここの大家さんとは、ワタクシの伯母が幼なじみやったんです。そういう縁もあって、長いことお世話になっておるんですよ。時々ね、食事に誘っていただいたり、教室にも差し入れを持ってきてくださったりと、ホントお世話になりっぱなしなんですよ。

こないだも駅前の日本料理屋に連れてってもらったんですけどね、なんか知らんうちに散らかし魔も来ることになってるやありませんか!コイツね、いつのまにかうっとこの大家さんと意気投合しててね、ちゃっかり誘われとるんですよ。おるでしょ、こういう人。タダメシが食えるとなると、湧いてくるヤツ。

ま、それはエエんです。多いほうが楽しいですしね。で、現地集合ということで相談してたんですが、恐ろしいくらいに地理が弱い散らかし魔に場所の説明するのに苦労してたんです。どうやら最寄りのコンビニはかろうじてわかったらしく、その場はそれで話はまとまったんです。


それで当日なんですけどね、ワタクシが現地へ向かってるとね、その目印にしてたコンビニがないんですよ。なくなってるんです。要するに潰れて空き店舗になってるんです。そういえば半年ほど前に、ほん近くに大手コンビニが続けて二店オープンしてましたわ。元あったコンビニはいわゆる大手でもないし、店舗面積が非常に小さいどころか駐車場もなかったので、ひとたまりもなかったんでしょうね。大人と子供のケンカみたいなもんでしょうよ。

ワタクシ、別にヒイキにしてた店でもなんでもないし、何度か利用したことはあるものの、あまりキレイな店でもなかったし、とくに接客が気持ちイイわけでもなかったんで、どちらかというとマイナス側のイメージで捉えておりました。

それでも、そんなワタクシでもね、その暗く冷たく閉まったシャッターを見るとね、なんだかいたたまれなくなるんですよ。これが現実っちゅうもんなんでしょうね。

より強い者、より大きな者が生き残っていく。企業は企業努力をし、経営者は経営努力をする。そうやってサービスや技術は進化していくのはようわかります。この潰れたコンビニの経営者にしたって、やるべき経営努力を怠ったのかもしれません(ホントのところは知りまヘンで。これはほんの副業で、他で儲けてるんかもしれませんし)。

だけど、これが絶対的に正しいあり方なんですか?いったい誰がそう断言できます?だってね、企業努力いうたかて、要は既存のマーケットに後乗りしてより設備のイイ店舗をこしらえるだけ。革新的なサービス・商品を提案するわけでもなく、ある程度見込める利益をむさぼるだけやないですか。何年か経てば、また別の場所へ移って同じことの繰り返し。なにかにつけて「お客様のために」とか「エコ」とかって、口ではエエことを言ってますけどね、それもアヤシイもんですよ。

近くに新しい店ができりゃ、さっさとそっちへ乗り換える消費者。それを見越してスクラップ&ビルドを繰り返す企業。そんなとこに「信頼」とか「おもてなし」とか、そんな大そうなもんあるんですか?「お客様のために」とかあるんですか?それこそどんだけ環境破壊してるんですか?

ウソくさ。



そうかと思えば、ちょっと賞味期限ゴマかしたくらいで、よってたかって祭り上げてからに。いや、アカンですよ。そら、アカンですよ。ましてや、今回の北海道のお菓子の件を見るにつけ、一企業としての事後の対応がより重要だということもわかりますしね。だけどワタクシなんかは、それとは別の問題のほう、つまりこの「騒ぎ様」のほうにより深刻な息苦しさを感じるんです。

すぐにね、「信用を裏切った」とかって言うでしょ・・・でもね、そもそもそんなに信用してたんですか?ウソつけ!もし仮にそんなもん信用してたなら、そのほうがバカですよ。命張ってるわけでもなんでもないくせに、ちょっとなんか見つけたらヤイヤイ言いやがって。結局、本当に命削られるのは、その従業員であり、潰れたコンビニの経営者やないですか。

世の中にこんな空気が蔓延してるからやと思うんです。どこ行っても、何見ても、サービス・アフターフォロー・お客様相談窓口・・・もう、ウルサイ!サービスサービスサービス、確認確認確認、アイデアアイデアアイデア、進化進化進化・・・

そんなんいります?いるんなら一生やっといてください。こんなことばっかり言ってるワタクシ、甘いのでしょうか?まだまだ子供なんでしょうか?それなら別に子供でイイです。ワタクシは、別にクッキーの賞味期限が一ヶ月くらい過ぎてても平気です。いうか、ちょっとシケってるくらいのほうが好きですし。

器の小さいワタクシが言うのもなんですがね、なんだかホント、話がみみっちい。





え?散らかし魔?目印のコンビニが見当たらず、道に迷ってはりましたわ。

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熱中症

いやぁホント、年ですわ。あきまへんわ。しんどい。アタマ痛い、カタ痛い、コシ痛い・・・全部痛い!

とにかくね、回復せんのですよ。ハシャいだあと、疲れきって元に戻らんのです。

ここ数年のワタクシにとって、年間行事の最大のハイライトはこの8月の夏休みにあるんです。灼熱の大阪の海辺で催される音楽フェスです。毎年、国内・国外から様々なアーティストたちが集い、ライブパフォを繰り広げるというアレですわ。ワタクシ、この日のために一年を生きているといっても決して過言ではありません。とくに本年度は、もっとも愛するバンドの一つ、「天津」、じゃなかった(←これはこれで最高でした)「Travis」の3年ぶりの参戦ということもあり、前夜はロクに寝付けないというくらいに始まる前から気分は最高潮!

おそらく、音楽ブログでもないこんなところで(PC教室のブログでしたねw)、いくら訴えたところで音楽、とくにライブの素晴らしさについては分からない人には分からないんだとは思います。それはもう、ワタクシが料理の真の意味での醍醐味を理解できないのとおんなじだと思います。

ワタクシ、よくCD買うやないですか。あれだって、買わない人はホント買わないですよね。教室スタッフの散らかし魔なんかはその手ですね。コイツが一生で買うCDを、ワタクシは一週間で消化するわけですよ。そう、ワタクシが一生のうちで料理する機会を、料理好きが一週間でやってのけるように。

こうなってくると、ますます話は伝わらんのかもしれません。とくに音楽なんてカタチあるものやないですしね。食べてウマイわけでもなく、身につけてオシャレするものでもなく、乗って運転するもんでもないですしね。だけど、購入したCDが届いて、ビニールの包装を破るときのあの何とも言えない喜び、そしてプレーヤーに盤を置く瞬間の無限の期待!少なくともワタクシにとっては何ものにも代えがたい感覚なのであります。

そして、そんな小さな幸せを積み重ねて過ごした一年をある意味で総決算してくれるのが、この夏フェスであり、ライブなのであります。いわば、ものすごく大きなビニール包装を破りに行くみたいなもんです。そこそこ音楽は聴くけどライブまではちょっと、という方はもちろんのこと、たとえ音楽にそれほど興味がない方も一度ライブを体験されてはいかがでしょうか。

会場が一体となる感覚!ともに声を張り上げて歌う楽しさ!踊る汗!そんなものには縁がないと思ってるアナタ。それはちょっと・・・、と斜にかまえてるアナタ。ましてや10代、20代の若者と一緒なんて、と踏み出せないアナタ。安心してください。夏フェスにどんだけオッサン・オバハンが多いことか!(というか、すみ分けができてるだけなんですけどね)

とにかく、ホンモノに直に触れることは幸せ以外の何ものでもないことは保証します。





前置きが長くなりましたが、そういうわけで、このクソ暑いなか、今年も行ってまいりました。毎年、悪友のKと参加するんですが、今年からは出会い系で知り合った(←ウソでっせ)新メンバーのスギモンも合流。お互い気合は入りまくってるとはいってもね、やっぱり3人ともエエ年ですからね、体力的に非常に問題ありなわけですよ。あの太陽光線の直撃を浴びてるとね、アタマ、オカシくなってくるんですよ。



パッと前見たらね、K、ズボンのチャック全開!あのね、ワタクシ久しぶりに見ましたわ。あそこまで全開のヤツ。さっさと締めなはれ。



そしたらね、そのK、今度はタバコが切れたいうて、買いに行きよったんです。サイフをその場に置いたまま、代わりに空になったタバコの箱だけ持って・・・

って、物々交換か?いや、空箱じゃ交換してくれへんで。タバコはカネで買う社会ですからね。



今度はスギモンです。しばらくおらへんなぁ、と思ったら、おみやげ持って帰ってきたんです。スポンサーが無料配布してる記念品ですわ。袋開けたらね、キーホルダーがちょうど三つ入ってましたわ。仲良く一つずつ分けたのはイイんですが、そのキーホルダーの意味が分からない。いや、キーホルダーやから鍵に付けるんは分かります。だけど、その飾りの部分、それの使い方がピンとこなかったんです。5cmくらいの円柱でスポンジ状になってるんです。カタチとしては携帯灰皿に一瞬見えるんですが、フタがないどころかただのスポンジの塊ですからね、どう転んでも灰皿にはならんのです。3人してしばらく悩んでたんですが、その時点でまだ唯一マトモだったワタクシ、そのスポンサーのロゴを見てピンときましたね。「HELLY HANSEN」という文字。ワタクシ、叫びました。

「そうか、海で沈まんようにや!」

そしたら、Kとスギモン、

「アホか!こんなんで浮かぶかい!」って・・・

え?そのリアクション、どういうこと?ここは、「ああ、そうか!」って言ってくれるとこちゃうん?それがなんで本気で否定されてるんやろ?

そう、そうなんです。この二人のアタマのなかに描かれた光景は、このキーホルダーを浮き輪代わりに腰にでも付けて必死で浮かぼうとしてるワタクシだったみたいです。

コイツら・・・ホントにバカです。キーホルダーやっちゅうてるやん!鍵や、カ・ギ!大切な鍵が海底に沈まんようにや!鍵の浮き輪や!こんなもん、100個付けても人間浮かぶかい!



ま、こうやって、ライブ観ぃの、ダベりぃのしながら丸一日過ごしましたわ。パフィのユミちゃんと3回、目が合い、カエラからは完全に誘いの視線を送られたワタクシ、オオトリのTravisにいたって超シアワセな気分になったまま、さあ帰路です。車で行ったんですけどね、ものすごい数ですからね、脱出するのも一苦労なんです。結局、駐車場から出るだけで、1時間半くらいかかったんですよ。その間、車中で何してたかと言いますとね、なんとシリトリですわ。シ・リ・ト・リ。この娯楽が溢れてる時代にシリトリでっせ!ま、それはイイんです。結構盛り上がったしね。

洋邦のバンド名か歌手名限定のシリトリやったんですけどね、3人で1時間半もやってるとね、50周くらいするわけですよ。しまいには名前出てこんようなるわけですよ。

でも・・・だからって・・・スギモン、

「初めから”ん”付くの分かってても言ってイイ?」とかって言うのはどうかと思いますよ。もう、こうなったらルールとかそんなんちゃうやん!ただの知ってるバンドの言い合いやん!



んでね、最後のほうはお互いにヒント出し合ったりして協力するわけですよ。競争することよりも続けることが目的になってくるわけです。そんななか、ワタクシ、”と”から始まるヤツが品切れになったんです。そしたら、Kがヒントくれたんですけどね、「ほら、兄弟船の・・・」って。ああ!分かる!顔は分かる!あの演歌歌手!けど、名前が出てこん!

どうしてもその演歌歌手の名前が出てこんかったワタクシ、結局、別のバンド名でその場は凌ぎました。その後は、”と”がまわってくることもなく、目的地に到着したこともあって、シリトリはなんとなく終了したんです。



恒例で、今年もKのとこ泊めてもらったんです。クタクタですからね、オフロしてすぐ就寝ですわ。さっさとフトンにもぐりこみました。そしたら・・・

気になるがな、兄弟船が!目を閉じても、あの顔がクッキリ出てきよるがな。5分くらい考えたかな、おかしなもんで、あんだけ出てこんかったものがパッとひらめくんですね。ワタクシ、ふすまを挟んで隣で寝てるKに向かって叫んだんです。

「トバハチロウや!」

K、まったく反応せず。もう眠ってしまったのか、ワタクシの寝言やと思って無視したのか、リアクションまったくナシ!

翌朝、目覚めても、そのことには触れてこなかったので、きっと聞こえてなかったのでしょう。でも今は、聞こえてなくて本当によかったと思ってます。だって・・・









トバハチロウって誰やねん!完全に鳥羽一郎(トバイチロウ)やん!

一番、アタマ、オカシなってたのはワタクシやったみたいです。





Travisに出会うキッカケをくれたK、こちらこそありがとう。そして、そんなワールド(?)も存在するんだと気づかせてくれたスギモン、おおきに。

来年のシリトリは鳥羽一郎からスタートだぜぃ!

Ti

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